盛夏すぎゆく 〜大戦時代捏造噺
 


彼らこそがそれを求めていた訳ではないながら、
人々が二つの集まりに分かれ
覇権を争い、領土を奪い合っていたそれは広大な大陸は、
あまりの広さゆえ、その南端と北端で
同じ頃合いでも極端に気候が違い、居心地が違うほどであり。
どちらかといや南にあった 北軍の空挺隊の小さな基地は、
一応の四季が巡りはしたものの、
雪が降り積もる冬より、
うだるような暑さに襲われる夏のほうが
微妙ながら長かったように記憶している。

 「…お。」

何がどう咬み合ってのことか、
妙に穏やかで、会戦も立て続かず出撃もかからぬ、
そんな間延びした頃合いがたまにあり。
軍議というほどのものでもない、
報告会のようなものへと顔を出していた部隊長殿が
向こうも暇だったらしい統括長らに
当たり障りのない報告と適当な展望を紡いで、
型通りの“以後もよろしく”というやりとりを交わしてから。
やれやれと 堅苦しい軍服の襟を緩めつつ
執務室へ戻って来たのだが。
そんな彼のむさ苦しいほど精悍なお顔、
気難しい渋面だったのを“おや”と不意を突いての緩ませたほどに、
それは心地のいい風がお帰りなさいと出迎えてくれて。

 「あ、お帰りなさいませ。」

結構な広さのある部屋の窓辺に据えられた、
いかにも重たげな執務用の大机の天板へ、お行儀悪くも腰をかけ、
その向背にある大きな窓を開け放ち、風が入るままにしていたのが、
勘兵衛の副官にあたる七郎次という青年士官で。
色白な肌には似合いの、癖のない淡色の金髪を、
どういう器用さからか頭の後ろへ高々と三つに分けて結い束ねていて、
それを気持ちよく揺らして涼んでいた彼だが、

 「片付けたのだな。」
 「はい♪」

一仕事した上での休憩、
なので大目に見てやろうと勘兵衛が言い出すことも
もしかして想定していたか。
悪びれもしないでひょいと机から尻を降ろし、
重苦しい上着を脱ぐ勘兵衛へと
歩み寄って来た態度はいっそ爽やかなそれであり。
北領生まれの雪国育ちだという彼は、
若さも相俟ってのことだろう、
肌や髪の色合いのみならず、
頬もすべらか、四肢は伸びやかで。
得物の槍をぶん回す手際は、
気迫もあるし技巧も見事だが それ以上に
いっそ舞いのように優美とあちこちから讃えられており。
そうまですっきりとした風貌や所作をしているにもかかわらず、

 「それにしてもいつまでも暑いですよねぇ。」

掃除を手掛けていたからだろう、
いわゆるインナーにあたる黒地のシャツは腕まくりし、
ズボンのほうも
白い足首どころか脛まで覗かす折り上げようにしておりながら、
それでも暑い暑いと不服そうにしておいで。
傍からは何とも涼しげに見えるのに、
ご本人はそうでもないというのが いっそ気の毒な話だが、

 『それを言ったら勘兵衛様こそ、』

がっしりと重厚な肢体に 味のある印象を重ねておいでのそれ、
癖のある濃い色の豊かな髪を、
一夏二夏では済まぬだろうほど
長々延ばしたままで越されておいでで。
装備である軍服も、
極寒の高層圏でも過ごせるよう、防御性優先でそれは重くて暑苦しいの、
特に苦にもせず着こなしておいでなのが信じられないその上、

 『そうまでぬくぬくと温かそうな、
  もとえ頼もしそうな風貌をしておいでだというのに。』

実は寒いのが苦手だというから信じられない。
涼しげなのが転じて寒くはないのかと見えるよな、
すっきり爽やかな風貌で、
たまに降る雪の中を元気に駆け回る副官を、
風邪を引くから戻って来いと呼び戻す応酬が、
ここでは冬の風物詩となっているくらい。
まま、冬の話はさておくとして、

 「勘兵衛様は暑くないのですか?」

見ているだけで蒸し暑くなると言いたいか、
失礼しますと一応は声をかけてから、
椅子へと腰を下ろした勘兵衛の、
肩や背中へと長々降ろしている蓬髪を、
器用な手際でその手の中へ束ね収めてしまう。
そのまま、これも彼の常備品らしい、綾でくるまれた髪どめ用の輪ゴムで
痛くないよう加減して、ささっとうなじ辺りに束ね縛る周到さよ。
すまぬなとの苦笑を寄越し、
出た時は もちょっといろいろ散らかっていたはずの机の上を見回して、

 「お主がこうまで几帳面だとは思わなかったがな。」

粗忽だずぼらだとまでは言わないが、
どちらかといや文武のうちでは“武”の方が得意な七郎次であり。
太夫のような顔をして、何て跳ねっ返りだと陰口を叩かれているほどに、
相手の位が上でも怖じけずはきはきと物を言い、
怒ればついついその身が撥ねての、容赦をしない“手”が出ている短気者。
喧嘩沙汰も数え切れずで、
勘兵衛とは付き合いの長い懐刀“双璧”二人が、

 『自分たちを足して倍にしたくらいじゃないですか?』と

戦場での手柄ばかりで、実生活ではずぼらな自分らと比して、
そんな言いようをしたほどのじゃじゃ馬として
仲間うちからも知られていた彼なのに。
基地へ戻っての執務三昧ともなれば、そちらでも勘兵衛をよく助け、
報告書類の作成から、過去の資料の収集、
よそからの伝達事項のチェックに、
ともすれば勘兵衛の身の回りの整頓までと、
眸のみならず手も細かく配る、行き届かせようであり。
一応はお褒めのお言葉だったのだろうから、

 「痛み入ります。」

そんな風に返したその上で、

 「ですが、此処の整頓は 私の勝手にもつながりますしね。」

何がどこにあるものか、補給が要るものはあるものか、
そういう把握もかねてのことだと言いたいらしく。その上で、

 「ああいう、素敵なものも見つけましたし♪」

視線をちょろりと上げて見やった先、
背丈のある書架のその上に、
深い青のガラス瓶らしき影が見え。
同じように見上げてから、
ああと勘兵衛も、今の今 気づいたように表情を動かすと、

 「あれは出先でいただいた吟醸酒だ。」

辛口で冷やして飲むと格別だと言われたがと続けつつ、
それはわくわくとしている若いお顔に視線が辿り着き、

 「?」

何だどうしたというお顔が、
それほどかからず若いのの意を酌んで、
しょうがないなという苦笑に塗り変わる。

 「暑気払いは水菓子でする方がいいのだがな。」

瑞々しい果物の方が、涼めるし栄養もとれるしと一石二鳥。
酒なぞ飲んでは余計にかっかとせぬかと、暗に言いたいらしい上官へ、

 「何を仰せか、
  せっかく夏に飲むよう作られたもの、
  季節を逃しては何にもなりませぬ。」

早速にも猪口やら氷やらを用意したいらしい、
見た目だけは涼しいお顔の若いののお言いようが これであり。
妙なほうへばかり口が立って来たものよと。
てきぱき動く副官に後は任せ、
大きく開け放たれた窓から吹き込む涼しい風へ、
男臭くもいかついお顔を和ませて、
何とも穏やかに人心地つく司令官様だったのでありました。






  〜Fine〜  14.08.24.


  *ウチのシチさんは、
   確か 甘いものとお酒を一緒に飲むと
   説教癖が出る“からみ酒”になる、
   ちょみっと困った人じゃあなかったか。(笑)

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